2003 オープンヨーロッパ選手権障害者自転車競技大会 チェコ共和国
Open European Championship Cycling 2003, Teplice, Czech Republic
ロード競技(テプリッチェ) 
CP2小川 メダルはならず
LC1佐久間が盛り上げた! 
執念で走ったロード
御礼 - ご支援ありがとうございます
2003ヨーロッパ選手権参加には(財)日本自転車振興会様より(財)日本障害者スポーツ協会を通じまして補助金支給を受けます。 ご理解・ご配慮に心から感謝申し上げます。 精一杯がんばってきました。 これからも何卒よろしくお願い申し上げます。 
 7月18日、日本障害者自転車協会は 日本プロフェッショナルサイクリスト協会様より御寄付を頂戴いたしました。 また、ヨーロッパ選手権日本チームへ同協会強化コーチの保坂晴稔様を派遣していただきました。 皆様の暖かいご支援・ご配慮、厳しくも温かいご指導に厚く御礼申し上げます。 皆様のご期待に沿えるよう必死にもがいてまいりました。 これからも何卒よろしくお願い申し上げます。
 (社)日本競輪選手会様には5月の全プロはじめ、心の支えとしていつもお世話になっており、心から感謝申し上げます。
 (財)日本自転車競技連盟様よりナショナルジャージの一部支給を受けました。念願のジャージ支給でした。また、輸送用段ボールもご提供いただき、機材重量の軽減化が実現できました。厚く御礼申し上げます。これからも何卒よろしくお願い申し上げます。
 多くの企業様よりご支援を頂戴いたしました;
 サロモン&テーラーメイド(株)様よりMAVICのホイール(イオとコメット)を貸与して頂きました。
 新家工業(株)様よりARAYAディスクホイールを貸与して頂きました。
 (株)ダイナソア様からはSPORTSBALMスタートオイル・リカバリーオイルなどのオイル一式のご提供を頂戴しました。
 エムエス企画(森永製菓系列)様からはウィダー及びサプリメントのご提供を頂戴しました。
 (有)メダリストプランニング様からはメダリスト特製ショルダーバッグのご提供を頂戴しました。
 皆様には心から感謝申し上げます。ありがとうございました。これからも必死にがんばっていきます。今後もよろしくお願い申し上げます。 応援していただいた多くの皆様、ありがとうございました。
ロード競技開始まで
17 Sep 2003 (Wed) ロードコースへ
 前日の1キロTT銀メダルの興奮を抑えながら、朝からロード練習に選手は向かった。 トラックの梱包はすでに終え、気持ちを切り替えロードの好成績をめざす。 昨年の世界選ロードレースではCP2小川を除き全員が周回遅れを喰らっており、悔しい思いしか残らなかった。 今年はコース長が昨年(1周5キロ強)よりも長い(今年は7.1キロほど) が路面は今年のほうが圧倒的に悪く、のぼりは昨年ほどのきつさはないがアップダウンの数は今年のほうが多い。 何とかして今年は見せ場を作って欲しい。 
 トラック期間中もテプリッチェに残ってロード練習を繰り返してきた小川とコーチ役高月はすでにコースを隅々まで把握しており、他の選手にとっては心強い存在に。コースへは全員が並んで自走。高月が先頭にたち、皆を案内した。最後方は同じく東大自転車部の平松竜司が固めた。この2人の東大コンビのガードは「昨年のような事故は絶対に無いように。今年は全員で成田に帰る」という願いを実現するのに大いに貢献してくれた。街道練習豊富なLC1佐久間も平松の前でしっかりガードしてくれた。
 この日夕方、バンが届いた。 これでロードのサポートもしやすくなる。

18 Sep 2003 (Thu) コースは把握 ロード前日 
 この日も朝からコースへ。小川を除き選手は自走。小川の3輪はバンに載せ、スタッフとともにコースへ。どの国もさすがに3輪は車で現場まで運んでいた。 選手はすでにコースを把握した模様。 期待したい。
 夕方、ロードの監督会議。今回もUCIからの審判員が何人もいた。そう、今大会の“主管”的立場でレース運営を行っているのはUCIである。この大会が障害を持ったサイクリストの最高レベルの国際大会である証明だ。健常者のそれと何ら変わりはない。これは障害者の遊びではない、レクリエーションではないということ。 その分,選ばれた出場者にもそれなりの(非常に厳しい)努力・意識が必要であり、これも当たり前となる。
 会議では某国スタッフが相変わらず無理な注文をつけているのにはちょっと閉口した。気持ちは理解できるが、要請をする口調ではなかった。独善的態度は結局自滅につながるだけでは、と思うが。まあ、そうなればこちらは助かるが。

街道練習前、保坂ヘッドの指示を聞く選手ら

2003 オープンヨーロッパ選手権  ロード競技(テプリッチェ Teplice)

19 Sep 2003 (Fri) 小川 メダル届かず5位入賞: 
 ロードの開幕を飾るのはタンデムロードレース。男子は7.15キロのコースを15周トータル106.5キロ。大城竜之・丹沢秀樹ペアがこれまでのタンデムロードでは見られなかった走りで精一杯盛り上げてくれた。前半は数周に渡って集団を引っ張る。その後も集団の好位置につけ、チャンスをうかがう。バテた様子を時折見せるかと思うと次の周回では余裕の表情を見せる。 がしかし、11周回あたりからカナダ・フランス・ポーランドが抜け出すと、次第に第2集団からも離れていく。 残念ながら力尽きたが大いに健闘。 28組中19位だった。優勝はカナダのStephane Cote/Pierre-Olivier Boily。銀メダルはフランス、ポーランドが健闘し銅メダル、念願のメダル獲得だったようで大いに沸いていた。 昨年金銀銅をTTとともに独占したスペインは今回精彩がなかった。
 2年前のこの大会(スイス)で銀メダル2個を獲得、大活躍しその後の日本の障害者自転車の起爆剤になった小川睦彦(CP2)が午後3時50分からのロードレースに登場。2年前の再現を狙った。国内での合宿ではこれまでの最高タイムを出すなど調整は順調であった。このクラスではこれまでで最長の21.3キロ、アップダウンがタップリ入った3輪には非常に厳しいコース。ギアの選択、そして強豪3選手(豪、米、南ア)にいかに喰らいついていくかが焦点。
 レース前は緊張がマックスに入り、いつもの表情が見られない。そのままの状態でスタートラインへ。やや落ち着きを取り戻したかに見えた。しかしスタートでやや出遅れる。直後から飛び出した強豪3選手に先頭集団形成を許すと必死に追った。後半の追い上げは見事だったが前半の出遅れが大きく響き、5位に終わる。しかし昨年苦杯をなめたドイツの選手にはリベンジを果たせた。優勝は昨年に引き続き南アのAdriaan Nel。しかし、彼と米の選手は豪のMark LeFlohicに終始ついていただけ。少し後味が悪かった。必死に逃げたMarkは立派だったが、今回から使用の脚の装具がかえってマイナスになっていた気がする。これは翌日のTTの時にも感じられた。
 ロードになって、一層暑さが感じられた。日本チームは控えエリアをタンデムロード終了後スタート近くの木陰に移す。となりはカナダ。涼しいし、カナダとは一緒にリラックスして過ごせそうだし、雰囲気はこれまで以上に良い感じだと思った。


タンデムロード 
これまでで一番の
健闘では


コースは細かい
アップダウンや
コーナーが続いた


ハンドサイクルはますます盛況になっていく
CP2ロード 小川
豪のLeFlohicや
南アのNelをちらり

3輪も同じコース 
激しい上り下り

これが世界標準か
Teplice,
Ceska Republika

20 Sep 2003 (Sat) ロードTTデー:

 この日は全カテゴリーにおけるロードタイムトライアルが行われる。めまぐるしい1日。相変わらず日差しは強い。スタート直後左手にある池では泳いだり日光浴をしたり、ビキニのおばさんが闊歩していたり、はたまた日本では法に触れる格好をした人がのんびりとたたずんでいたり。ヨーロッパでのレースを実感した。
 この日も最初に行われたカテゴリーはタンデム。2周計14.2キロのTT、優勝は前日の鬱憤を晴らしたスペインのChristian Venge/David Llaurado。17分38秒39、平均時速48キロを超える速さだった。スペインは銅メダルも獲得、さすがである。大城・丹沢は前日のロードレースから1つ順位を上げて18位。タイムは20分00秒33。これで大城・丹沢は全ての種目が終了。少し休んだあと、彼らは他の選手の応援に力を注いでくれた。
 LC1も14.2キロ。佐久間明夫は後半追い上げたが23分9秒52で23位。しかし、翌日のロードレースに向けてしっかりと手ごたえを掴んだ様子。モチベーションも非常に高い。高橋朝之は前半はまずまずのペースだったが後半伸びず23分28秒54で25位。
 LC2大橋俊明もロードに期するものがあった。国際大会初のロードはやはり世界の強敵の力を感じ、24分32秒05で22位。悔しそうな表情が印象的。
 CP4江嶋元気は初周はまずまずのタイムで帰って来て、日本チームを沸かせた。が、2周目はバテたのかタイムを落とし、26分08秒80で15位。
 メダルの期待がかかったCP2小川のTTは1周7.15キロで争われた。7番スタートの小川だったが、異常に軽いギア設定になっているのに気がつく。25にしてある。これでは強豪に迫るタイムは望めない。ギアを変更させてスタートへ。飛び出しは良い。期待が持てる。前を行く選手を次々と抜き、最後の登りも前日後半以上の切れがあった。タイムは13分55秒60。前日振り切られた南アの2番手選手に及ばない。このあと出走した強豪3選手は素晴らしいタイムで通過して行った。結局小川は5位。
 毎年レベルアップの激しいこのクラスの強豪選手は一般のロード選手と一緒に街道練習に行くという。日本もそういった環境を作りたい。もちろんそのためには選手の意識も必要。小川は力は十分にあり、ギアの使用(強豪選手はもっと大きなギアを平気でガンガン回している。23や25をスカスカ回していては勝負にならない、状況に応じて使い分けることが必要)や街道練習に大きな課題が残った。大きな課題がありながらこの成績をキープしており、克服すれば期待が膨らむ。緊張の克服も必要だ。

タンデムロードTT
一つ順位を上げた

LC1 ロードTT 
スタート直前の佐久間


ロードに賭けたい大橋の
タイムトライアル

TTのゴール 大橋

前半は良かった江嶋

友人トーマスの激励を
受けた小川だった

ギアを変え、スタートは
悪くなかった

必死に登る小川

レースを終え、
スタッフに挨拶
この日で小川と
大城・丹沢は
全競技日程を
終了

最終日は他の選手の
応援に汗を流した

21 Sep 2003 (Sun) 最終日 佐久間が盛り上げた!:

 長かった2003ヨーロッパ選手権もこの日が競技最終日。相変わらずの日差しだがすっかり慣れ、気持ちが良い。今日で終わりかと思うと少し寂しい。
 朝9時から行われたLC1ロードレース78.1キロでは、日本の佐久間が大健闘、大いに沸かせてくれた。 このレースではフランスのJean-Marie Buchotが3周目から逃げると後続の大集団は追うことなく、終始1分前後の差をキープしたまま逃げが決まった。
 佐久間は終始集団の好位置をキープ。上り坂では応援する日本チームスタッフ・選手にぺロット舌を出したり笑顔で答えたり、余裕すら見えた。集団はけん制をしあうなど駆け引きが続く。周回を重ねても佐久間は衰えを見せない。その姿はかっこよかった。大きな期待が膨らんだ。LC史上初のメダルか!?入賞か!? 少なくとも、ロードレースでこれほどの走りをしてくれるのは小川の他はいなかっただろう。2輪では初めてだ。毎周回ごとに大きな声援が飛ぶ。 離れないでくれ!そのまま、そのまま!
 最終11周目に入っても佐久間は集団にいた。あとは仕掛けどころ。このクラスはこれまでも大集団のままゴールスプリントに入ることが多く、スプリント力のある佐久間のゴール登場を皆で待った。
 佐久間は残り1キロ前後で果敢に集団から飛び出す。しかし、残念ながら残り数百メートルの登りでつかまり、スプリントに入った集団に飲み込まれ力尽きた。
 メダル・入賞の夢はならなかったが、その姿は感動を呼ぶものであった。51歳、7月半ばには鎖骨骨折、まだ完治していないというのに大いに沸かせてくれた。
 同じLC1の高橋は残念ながらラップされてしまった。
 佐久間に続けと江嶋がCP4ロードレース7周49.7キロに挑んだ。昨年は江嶋もラップされた。今年はその雪辱を期す。2周目集団から離れ、苦しいレースが続いた。ホームやコーナー付近、さらには上り坂に陣取ったチームメートから声援が飛ぶ。のぼりで遅れてきた選手を捕らえると下りを一気に踏み込んでいく。こういった点はうまい。そうして徐々にペースを掴み、今年は完走。昨年よりも一歩前進してくれたのはうれしい。江嶋も今回色々な事を昨年以上に学んだはずで、これを今後に生かして欲しい。このクラスのトップ集団の走りはすさまじく、おそらく日本の実業団並、あるいはそれ以上かもしれない。
 最後に登場の大橋のLC2ロードは3時スタート。9周63.9キロ。暑さはピークに達した感があり、レース前大橋は「暑いのでレース中、水をかけてくれ」と要請。上り坂で何度も水をかける。やはりこのクラスもトップはすさまじく、「どこが障害者なの?」と思わせるほど。LC1と変わりないほどだ。先頭が迫っていることを大橋に告げる。後ろに終始ドイツの選手にマークされており、「おいドイツ! お前が(前で)引け! 先頭交代してくれ!」と怒鳴る。(英語で。) 大橋からは「後ろの中国注意して!」と怒声が。 異なるクラスの選手が紛れ込んできた模様。 ラップされないよう、必死に周回を重ねる大橋、祈るようにサポートするスタッフ。 あと1周のラップに入る寸前に先頭集団に捕らえられる。無念の瞬間。 ピットに引き揚げてきた大橋は悔し涙で目を赤くしていた。 国際大会初参加の大橋。 不幸な交通事故により膝下切断を負ってからまだ3年にもなっていない。 切断箇所が幾度と無く擦り切れ血がにじんだ。 健闘を称えたい。 まだまだ若い大橋はこの悔しさと経験をきっと活かしてくれるだろう。
 
 これで今大会の競技は終了。 みんな執念で走った。 悔しい思いがたくさん残った昨年とは違い、見せ場を作ってくれた。 いくつものドラマがあったと思う。 
 宿舎に戻り、梱包。 そして夕食では お疲れ様 のビール乾杯。 これまでには無かったほっとした表情が見られた。 みんなお疲れ様。 今回の日本チームはこれまでの中で一番しっかりしたチームだった。 今後に向けて良い形が出来た気がした。 スタッフの皆さんのご尽力、そしてそれに応えようと必死にペダルを回転させた選手のがんばりのおかげです。 敬意を表します。 皆さんが作り上げた素晴らしいチームです。
 1年以上にわたって準備してきたものとして、とてもうれしかった。 一生忘れられない。 このチームを誇りに思います。
 夜は街に出るもの、宿舎前のテントで一杯やりながら外国選手らと談笑するもの、仲良くなったボランティアと別れを惜しむもの、などなど、チェコでの最後の夜を名残惜しみながら楽しく過ごした。 チェコの人たちは素晴らしかったです。 これまでで一番ちゃんとした大会だったと思います。 ディクィー!

長かったヨーロッパ選手権も最終日に。

LC1ロード 佐久間と高橋が挑んだ

大健闘佐久間
中団に構える
最後まで集団に

充実感と笑顔

江嶋は必死にラップを逃れる

今年は踏ん張った江嶋 ゴールへ

タンデムペアと
中国の通訳
 仲良し

サポートの合間に 
ちょっとのんびり

最後の種目 LC2ロード 大橋に期待

ドイツは引っ張ろうと
しない

ようやく先頭交代

22/23 Sep 2003 (Mon/Tue) 帰国 Dekuju, Ceska!!:
 
 22日(月)、朝6時に朝食を済ませると、すぐに荷物をバスに載せる。テプリッチェを、チェコを離れるのだ。7時5分にバスはホテルパノラマを発つ。さみしい思いだ。チェコは本当に良い国、良い人たちが多かった。
 そんな思いを載せながらバスは走る。プラハでお世話になったシャシンカくんに電話でお別れの挨拶。ほんとうにありがとう。
 長旅が感傷的な思い・感動を少しづつ消し去っていくようだ。またもや長いバスの旅。途中何度か泊まったSAでお土産を買えたのが良かったくらい。 国境を越えてドイツに入ってから景色が変わったのも興味深かった。 当たり前だがみんな疲れきった様子。 声も出ない。 バスは午後4時55分、フランクフルト空港に到着。
 チェックイン後、しばし買い物。 午後8時40分の全日空NH210便で成田へ。 エコノミークラスでも、すごく快適に感じた。
 23日(火)午後2時40分ごろ、成田に到着。 日本は涼しかった。 荷物を確認し、皆で記念撮影。 そしてお別れ。 各自帰路についた。
 皆さん、本当にお疲れ様でした。 ありがとうございました。  
心から感謝申し上げます
 2003オープンヨーロッパ選手権障害者自転車競技大会に出場した障害者日本チームへのご支援ご声援、ありがとうございました。 
 1年以上にわたる準備期間はつらいこと・嫌なことがたくさん有りました。どうしてこんな目に合うんだろう、なぜここまで苦しい思いをしなければならないのか、そう思うことが多く、ここでは言い表せないような、極限状態まで追い込まれもしました。
 そんな時は、皆様からのご支援・ご声援・叱咤激励が大きな心の支えとなりました。また、何度となく繰り返した合宿での選手の必死な姿勢や、現況・意気込みなどを伝えてくる彼らからのメッセージにも何度となく刺激されました。皆様のおかげで持ちこたえることが出来ました。ヨーロッパ選手権では、昨年の世界選並みあるいはそれ以上の結果・内容を出すことが出来たと思います。
 心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

 今年の日本チームは日本プロフェッショナルサイクリスト協会から保坂ヘッドコーチを派遣していただき、障害者日本チームを根底から鍛え直してくれました。厳しくしっかりとした対応で選手に接し、適切な指示・アドバイスを送っていただきました。大城ペアの銀メダルや佐久間の好走はその象徴です。皆が本当に色々な事を学ぶことが出来ました。チームの雰囲気がとても良く、モチベーションも非常に高かったのは保坂さんのおかげです。ありがとうございます。
 選手は皆「今後も指導を受けたい」と述べて惚れ込んでいます。これからも懸命な努力をする選手へのご指導を何卒よろしくお願い申し上げます。
 メカの若杉さんも忙しい中参加いただきました。あれだけの数の機材を分け隔てなく扱ってくださいました。大変な重労働であったと思います。現実に沿わない無理なことを申し出た選手もいたようで、心苦しかったです。お世話になりました。
 マッサー・コンディショニングを一手に引き受けてくださいました権丈さんは日大時代に大活躍した選手でした。その経験を活かしたマッサージなどは選手に大好評。冷静な判断も備え、幾度となく日本チームを助けてくれました。厳しい姿勢と自転車への強い愛情に感銘を受けました。その姿勢はみんなに伝わったはずです。
 東大自転車部の平松君・高月君は荷物運びなどの雑用から練習パートナー(安全確認なども)まで、幅広い雑多な事を行ってくれ、こちらもチームに貢献してくれました。今年は事故なく全員で成田に帰れたのは、彼らによるところが大きいと思います。
 選手の多くから「今年はすごく良い」という声をもらいました。 スタッフの皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。

 来年2004年はいよいよアテネパラリンピックです。最大の目標まで、あと1年を切りました。アテネに向けてこれまで以上にもがいていきたいと思います。そして、いい結果を出し、メダルを獲得し、日本の自転車競技の発展と普及に貢献していきたいと願っております。
 これからもご支援・ご声援 何卒よろしくお願いいたします。

2003オープンヨーロッパ選手権障害者自転車競技大会 日本チーム団長
栗原 朗
(日本障害者自転車協会 理事)

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