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5月10日(土)と11日(日)、青森競輪場で行われた第50回全日本プロ選手権自転車競技大会に障害者選手が史上初めてエキジビジョン競技として出場、強風の中、その走りをプロ競輪選手関係者・日本の自転車関係者、マスコミ関係者、そして全プロを見に来たファンに披露した。多くの方々に理解をしていただき交流を深めることが出来た。
●参加までの道のり:
この大会へのエキジ参加は、2月に(社)日本競輪選手会様よりお話を頂いたことにさかのぼる。 「全プロは今年で50回になる。 走ってみませんか」と温かいお言葉をかけていただいたことがきっかけである。
その後、JCAD理事が話し合いを続け、今年のヨーロッパ選手権に全額自費であるとしても出場を予定している、長きに渡り自転車を自分の本来の競技として苦しみながらも真摯に取り組んできた選手を中心にピックアップし(5組)参加が決まった。 競輪選手会の皆様、主催者関係者の皆様、競輪選手の皆様に心から感謝申し上げます。
●5月9日(金) 青森入り:
選手・スタッフは一部は9日午後にバンクへ行き、セッティング。 選手会の方に稲村成浩選手(群馬)を紹介されご挨拶。 「稲村さん・斎藤さんのタンデムスプリントからJCADは始まりました。 稲村さんたちのおかげです。 ありがとうございます」と。 稲村さんは「アハハ、もう10年以上も前のことですよ」と。 JCADの生みの親ともいえる稲村さんにお会いでき、とてもうれしかった。
そして9日夜遅くまでに全員が市内の宿舎入り。 仕事を終えてからの選手もおり、やや疲れた様子。 宿舎も全プロ出場の一流競輪選手や関係者と同じ。 気持ちが昂ぶる。 一緒に世界選に行った江嶋康光選手(福岡)とも久しぶりの再会。 今回我々を後押ししていただいたことに対してお礼を述べるとともに世界選の思い出話や今後のことなどについて明るく語り合った。 翌日の1キロタイムトライアルは全プロの同種目に先立って行われることになった。
●5月10日(土) 全プロ初日: 張り詰めた雰囲気 そして1キロTT
10日、朝8時半にホテルを出てバンクへ。
10時10分過ぎ、全プロ選手の指定練習が終わって障害者選手の練習。 同じ舞台をはじめて共有し、光栄な気持ちと緊張感が充満した。
選手は「風が強い! そしてバンクも少し重いね」とやや張り詰めた表情で練習の感想を述べた。
10時30分、全プロの競技がスタート。 世界選、オリンピック、そして競輪でのステップアップを目指した一流プロによる激しい戦いが目の前で行われている。 本職の競輪ではない、が、しかし競技にかける気合は何ら変わらない。 圧倒される。 厳しい姿勢がピリピリと伝わってくる。
いよいよ1キロタイムトライアル出走!
午後1時30分、1キロタイムトライアルの時間がついにやってきた。 これまでにないような緊張感がみなぎる。
(翌年のアテネパラリンピック代表になった)佐久間明夫、大城竜之、葭原滋男らが強風の中も素晴らしい走りをしてくれた。障害者選手5組の走りに場内からは大きな歓声・拍手が送られた。 全プロ関係者からも評価を頂いた。
選手・スタッフからは「このようなすごい大会で走れるとは夢のよう。 感激です。」 との声が上がった。
この日夜6時から、市内の別なホテルで全プロのレセプションがあり、全プロ出場選手・関係者らとともに障害者選手も出席。 交流を深めるとともに楽しいひと時を過ごした。 憧れの選手がたくさんおり、ご挨拶したり、一緒に写真を撮ったり。 人気No.1で3月より絶好調の吉岡稔真選手(福岡)、同じ福岡でやはり絶好調の加倉正義選手、シドニーオリンピック代表でナショナルチームメンバーの長塚智広選手(茨城)、一大勢力となった北日本の岡部芳幸選手・金古将人選手・伏見俊昭選手・佐藤慎太郎選手(いずれも福島)、そして稲村選手とタンデムペアを組んだ斎藤登志信選手。 まだまだいますが、すいません、書ききれません・・・・ とにかく、目がまわるような、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。 (HP管理人Kuriも、この夜短い時間ではありましたが実に久しぶりに心から楽しいと感じることがありました。)

憧れの稲村選手とJCAD菊池会長。
稲村さん・斎藤さんのタンデムを知り、
菊池はJCADを立ち上げた。 |

もう1人のJCAD生みの親といえる
斎藤選手(中央)。
下はこれもS1の佐藤慎太郎選手。 |

競輪界人気No.1の吉岡選手(左)。
祝全プロケイリン優勝!
再びグランプリ!を期待しています。 |

競輪界の一大勢力、福島の金古選手、
伏見選手、岡部選手らと。
皆さんパワフルです! |
●5月11日(日) 全プロ2日目: JCADゆかりのタンデムスプリント
翌11日は午後12時過ぎからタンデムスプリントを行った。 1990年8月前橋で行われた世界選手権で当時高校生だった稲村成浩選手・斎藤登志信選手ペアがタンデムスプリントで世界の強豪を相手に銀メダルを獲得し世間を沸かせた。 それがきっかけとなり、JCADが発足した。 JCADにはゆかりの種目をこの大会で行うことが出来た。
1本勝負で行われた葭原ペア対大城ペアの対決は積極策に出た大城ペアが葭原のまくり追い込みを封じて見事逃げ切り勝ち、前日の雪辱を果たした。 若いペアらしい作戦だった。
こうして我々がはじめてエリートプロ選手と舞台を共にした意義ある出場は無事に終了した。
多くの方と色々な話をし、たくさんのことを学んだ。 障害者自転車の事を知ってもらえた。 「障害者にもすごい走りをする選手がいるんだなあ」と思っていただいたと思う。 プロ選手の高い意識(文字通りプロ意識)を目の前で見て接して、そのすごさに圧倒された。 とてもここには書き切れないような貴重な経験であった。
健常者の一流エリートプロと障害者が同じ舞台を共有すると言う、これまでにない出来事。 まさにバリアフリーの素晴らしい一例と言える大会でした。 社会に対しても向かうべき方向性を誇らしげに示すことが出来るものであったと確信しています。 お誘いいただいた選手会の皆様が作り上げたものです。 とても、とても感慨深いものがありました。
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御礼
今回の障害者選手エキジビジョン参加を実現していただきました(社)日本競輪選手会の皆様、全プロに出場された競輪選手の皆様、大会関係者の皆様に心から御礼申し上げます。 大変光栄なことで、誇りに思います。 ありがとうございました。 強化に関してはこれからも気を抜いたり慢心することなく努力精進して行きます。 また、普及にも努力し、自転車の楽しさを少しでも伝え、 日本における障害者を含めた自転車競技、そして競輪のさらなる普及・発展に貢献して行きたいと思います。
これからも何卒よろしくお願いいたします。
また、スタンドで応援していただいた皆様、ありがとうございました。 特にNPO青森リフトカーサービスの皆様、お世話になりました。とても心強かったです。 青森の人たちは本当に心温かくフェアで素晴らしかったです。
(文: 日本障害者自転車協会 理事 栗原朗)
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