2002 IPC世界選手権 in Altenstadt Germany ロード競技
| ご支援ありがとうございます |
![]() 2002世界選手権参加派遣費用に対して、日本自転車振興会様から競輪公益資金補助事業として助成金を頂戴いたしました。(日本障害者スポーツ協会経由) 心から感謝申し上げます。 |
| 2002世界選参加にあたり、日本障害者自転車協会は松下電器産業株式会社様より寄付を頂きました。 心から感謝申し上げます。 |
| スイス日本人同好会様より寄付を頂きました。 心から感謝申し上げます。 |
| マスターズ大会での寄付、ありがとうございました。 |
| 横浜の新川様はじめ、個人で寄付をしていただきました皆様、ありがとうございます。 |
| 皆様のおかげをもちまして、2002IPC世界選手権障害者自転車競技大会に参加してまいりました。 以下は皆様に支えられて もがいてきた選手たちの記録です。 |
2002 IPC世界選手権障害者自転車競技大会 ロード (アルテンシュタット)
| 2002・8・9(Fri) 小川 ゴールスプリント及ばず4位 この日からアルテンシュタットでロード競技の開始。 9日はCP2とCP1のロードレースとハンドサイクルロードレースが行われた。 CP2はほぼ長方形の1周2.8キロのコースを7周する19.6キロレース。 トライシクル(3輪)のレースではこれまでで最長の距離で、パワーとテクニックが必要とされるタフなレースになることが予想された。 このクラス最強のMark LeFlohic(豪)の圧勝かと思われたが、 南アフリカのAdriaan Nelが飛び出し、そのまま逃げ切った。 昨年のヨーロッパ選手権では下位に終わっていた選手(4.3キロTTでトップに1分以上の遅れ、ロードレースは2位小川に1分以上の遅れ)だが、この1年間に急成長したようだ。まだ24歳であり、今後はこのクラスのリーダー的存在になることが予想される。 LeFlohicは途中落車し大きく遅れた。 日本の小川睦彦が昨年同様メダル争いを見せてくれた。 終始3位ー5位グループにつけて迎えたゴールスプリント。 ゴールまで400メートルほどの直線に入って小川がスパート。 相手は地元ドイツのAndreas Hillers。 おそらくこのコースを何百回と走っていることだろう。 仕掛けどころは若いHillersの方が知っていたようだ。 後ろについたHillersが200メートル前で追い込みをかけ小川を抜き去り、小川は力尽きた。 それでも若い選手相手に積極的に逃げて仕掛けており、迫力満点のレースの中で4位は胸を張っていいだろう。 4日のケガが惜しまれる。 また、自転車も大会1ヶ月前にようやく出来た物で、これまでよりかなり重く、これは精神的にも重荷になった。 このクラスは若い強豪選手が多くなり、レベルが驚異的にあがっていた。 上位選手の力強いペダリング(大きなギアを平然と回していた)が通過するたびに轟音が聞かれた。 まるでタンデムの千トラのようであった。 CP1は同じコースを6周するレース。 日本唯一の女子選手徳田百合子が男子選手に混じって出走。 スタートから積極的に男子を追走。 1周目は3位選手にピッタリマークし期待を集めたが、ギアチェンジがうまく行かず、次第に離れていきラップされてしまったのは残念であった。 |
| 2002・8・10(Sat) 壮絶! 大城・丹沢がTTで落車 徳田は女子の部門で惜しくも4位 この日はロードタイムトライアルデー。 トライシクルは7.5キロ、その他は23キロのコース。 いずれもなだらかなアップダウン(とはいえない程度)があるだけでほぼ平坦。 日本人向きとはいえない。 トップはCP2。 3輪勢はこの日が最終日になる。 昨日の疲れがまだ抜けないのか、あまりタイムが伸びず、期待の小川は5位に終わった。 現地入りしてからのケガがやはり影響したのだろうか。 それでも安定した走りを見せる所はさすがであり、今後も期待が持てる。 CP1徳田は今大会から導入された女子メダル制度でのメダル獲得が期待された。 前半のアップダウンでスピードに乗れず、この種目でもそして女子の部でも4位に終わり惜しくもメダルを逃した。 CP4江嶋はロード経験がほとんどなく、12位と上位進出はならなかったが「ロードの方が向いている」という声もあり、今後に期待したい。 ベテラン古賀が今大会初登場したが15位に終わった。 タンデム男子も活躍が期待されたがアクシデントが相次いだ。 若い大城・丹沢ペアはスタート直後飛び出してきたポーランドのサポートカーに邪魔されコースアウトしタイムロス。 レース後の抗議が認められ10秒のマイナスが与えられたが出鼻をくじかれた影響は大きかった。 さらに折り返し後、B472からの左折路で落車。 左半身を強打。 これで2分以上にわたりタイムロス。 その後は勢いを欠き、33分27秒20で27位に終わった。 アクシデントがなければ10位から15位に入れたのではなかったか。 2人とも心身ともに絶好調であっただけに残念。 千トラ銀の葭原・水澤も期待されたが葭原の腰が思わしくなく、33分18秒21で25位。 ロード期待の本橋・市川はTTは「調整」とのことで、26位。 翌日のロードレースに向けて万全と思われたが。 この日も竹村を病院に見舞う。 携帯を通じて日本にいる奥さんと話が出来、お互い少し安心した様子。 一日も早い回復を祈る。 |
| 2002・8・11(Sun) 雨のロードレースで世界選閉幕 世界選最終日は夜半から雨。 これまでも日中や朝方にわか雨が降ったことが何度もあったがこの日の雨はそれとは明らかに違った。どうやら1日雨になりそう。 朝1番のスタートとなったLC1ロード72.8km(5.2キロを14周)はこの日一番過酷なレースになった。 降り続く雨は時に激しさを増し、気温は一考に上がる気配がなく、13度ほど。 気合を入れた日本佐久間は3周目まで先頭集団にいた。 しかし4周目で後退。 寒さで右手がかじかむ。 最後の最後にラップを喰らってしまったが佐久間の懸命な走りが見られた。 CP4は7周36.4Kmとやや短め。 雨はやや小ぶりにもなったがやむ気配は一向にない。 古賀・江嶋ともに上位進出ならず、古賀10位江嶋12位。 ベテラン古賀は意地を見せた。 ラップされずに完走。 竹村の分も走りきった。 「これが最後。 力を出し切った。 悔いはない。」 午後になってやや気温は上がったが雨が降り続く中、15分ほど遅れてスタートした最終種目の男子タンデムロードレース。 雨のため、20周104キロが途中で17周88.4キロに変更になった。 万全の調整で挑んだ日本期待の本橋・市川は雨に悩まされたのか集団から遅れ、その後も追い上げ実らずラップを喰らうも14位に食い込んだ。 ベテラン本橋は力を出し切った感じであった。 一方若い大城・丹沢は前日の落車の影響か前半は冴えが見られず、ラップを喰らったが、あきらめることなく後半粘った姿は今後に期待が持てる。 つくづく前日の落車が残念。 葭原・水澤は初周集団後方につけたが葭原の腰はとても走りきる状態になく、4周回後棄権。 このレース、意外だったのが男子タンデムスプリント・千トラ2冠のModra/Harryペア(オーストラリア)の活躍。 「ロードはサイクリング気分だ」との事前のコメントとは裏腹に、積極的にトップ集団を引っ張る。 ロード選手とはいえない体型での力強い走りは今後タンデムロードの常識を変えるかも。 後半、優勝したスペインペアが豪ペアを捕らえ一気に逃げを決めた。 最後のゴールスプリントではさすがに疲れた豪ペアをあとのスペイン2組が追い込み、ロードTTに続きスペインが金銀銅を独占。 強さだけでなくうまさも目立った。 スペインは支援体制がしっかりしているだけでなく、全体として意識が高く目的もはっきりしている。 そして自転車を楽しんでいる。 見習う所は多々あった。 2002世界選はこれで全競技日程を終えた。 その後スタッフは梱包・帰国の準備に追われ、選手は閉会式やパーティーに行ったり、その後は部屋でチームメートとドイツ最後の夜を楽しく過ごした。 作業が終わったスタッフもそれに加わって思い出話に花を咲かせた。 |
![]() LC1ロードレース |
![]() 男子タンデムロード |
RESULTS: 8月11日(Sun)の全リザルト(PDFファイル) ここをクリックしてダウンロードしてください
| 2002・8・12(Mon) 13(Tue) 帰国 スタッフの一人がしばらく残って竹村の世話をすることが決まっていた。しかしこの日早朝携帯が鳴りたたき起こされた。そのスタッフの職場から「認めない、帰ってこい」とのこと。今からでは他の者が代ることが出来ない。JTBの小山さんが残ることを快く引き受けてくれた。小山さんありがとう。 最後には愛着すら生れた宿舎に別れを告げ、バスでミュンヘンへ。しかしすぐに呼び戻される。忘れ物、とのこと。見つからなかった竹村の前輪だった。竹村は残念ながら少し遅れての帰国になるが、前輪は持って帰っておくことに。家族共々竹村の帰りを待つことになろう。一緒に帰れないのは残念だが、日本で待ってます。どうかお大事に。 (その後9月1日に竹村は無事に帰国。) 日本時間13日(火)午前10時前、成田着。荷物を受け取り、最後に記念撮影をして解散。握手をし、名残を惜しんだ。皆さん、本当にお疲れ様。 色々な意味で、非常に大変な世界選であった。 |